子どもたちや生徒が運動を覚えようとしているとき、
- 一度はできたのに、なかなか安定してできるようにならない
- 改善しようと思ったら余計におかしくなった!
- 先生の言う通りにやろうとしたらできなくなった…
といったことはないでしょうか?
先生やコーチが、学習者に「膝を伸ばして!」というアドバイスをしたとき、それによって膝が伸びるように改善されることもあれば、もともとできていた動きができなくなってしまうこともあります。
つまり、言葉として同じアドバイスでも、(たとえそれが正しいことであったとしても)タイミングを間違えると、学習者が上手にならないだけでなく、
- できなくさせてしまう
- 怪我をさせてしまう
といったことが起こる可能性があります。
運動を覚えようとしている学習者に対して、適切でより効果的な指導を行うためには、今まさに学習者の運動がどんな状態であるのか、を見分けることが必要です。
そこで、今回は運動を見分ける際の一つの基準となる、「運動を覚えるときの5つの段階」を紹介します。
この記事では、「運動を覚えるときの5つの段階」について大まかに紹介します。ここでは、スポーツ運動学の「形成位相論」に基づいて解説します。
この記事を読むことで、「運動を覚えるときの5つの段階」を知ることができ、先生やコーチは各段階でどんな指導をすればよいのか、が分かるようになります。
※本記事では「わざの伝承」の内容をかなりかみ砕いて解説しています。もっと詳しく知りたい!という方は、読んでみてください。専門書で難しい言葉がたくさん出てきますが、現場の先生・コーチにはぜひ読んでいただきたい一冊です。
やってみたいと思う段階
まず1つめの段階は、「やってみたいと思う段階」です。
運動を覚えるとき、まず運動課題を知るところから始まります。
では、「知る」とはどういうことでしょうか?
知るといっても、名前を知るとか、そういうことではありません。
体操競技の技名を知っても、できるようにはなりませんよね。
動きのメカニズムを知ったとしても、できるようにはなりませんよね。
ここでいう「知る」は、「できる」につながる「知る」ということです。
子どもたちや生徒に、「今から“側方倒立回転(側転)”をやります」などと、技の名前だけ伝えても、できるようにはなりませんよね。
その“側方倒立回転”がどんな動きなのかを伝えるために、言葉だけでなく、絵や動画を見せたり、お手本を示すこともあると思います。
このとき、学習者にとって、
「意味が分からない」「やってみることもできない」というのであれば、それは運動学習のスタートラインに立っていないということになります。
そういった人に対して、「やる気がない!」といって、怒ってやらせるのでは、ただ無理やりやらせているだけです。
できるかどうかは分からないけども、学習者が「なんとなく、やってみたい」と思える状態になって初めて、運動を覚えるスタートラインに立っていると言えます。
この段階では、無理にやらせるのではなく、どうすれば「やってみたい」と思えるのか、学習者の立場を踏まえて、運動課題のレベルや、その課題の提示の仕方を考える必要があります。
わかる、できそうと思う段階
2つめの段階は、「わかる・できそうと思う段階」です。
1つめの段階でその運動を「やってみたい」と思えて初めて実際に運動を行うことになります。
いざその運動をやってみると、
うまくできなかったり、思うように身体を動かせないことが多くあります。
もちろんすぐに目標とする運動ができてしまうこともありますが、
このときは「できる」こと目指して、「こんなふうに身体を動かせばいいかな?」と探りながら、動きにあたりをつけながら練習している状況です。
色んなやり方を探りながら練習する中で、
- こう動けばいいのかとわかってきたり
まだできてはいないけれども、
- こんな感じでやればできそう
というようなイメージが湧いているのがこの段階です。
この段階では、指導者は学習者に対して、一つのやり方で決めつけて練習を行わせるのではなく、
「こんな風にやってごらん?」「じゃああの感じでやってみて?」などと色々なアプローチをして、学習者が動きにあたりをつけるのを助けてあげるとよいでしょう。
まぐれでできる段階
3つめの段階は、「まぐれでできる段階」です。
「こんな感じでやったらできそう」と動きにあたりをつけながら練習を続けていると、目標とする動きが成功することがあります。
何の前触れもなく、突然に成功することもあります。
このときの特徴は、「できたという事実」はあるけれど、「どうやっているのか分からない」、という状態であることです。
そのため、一度成功させることができたとしても、次はうまくできない、ということが多く起こります。
この段階は、できたり、できなかったり、を繰り返す段階と言えます。
このときのもう一つの特徴として、動きが粗削りで、ぎこちないなどの欠点が多く見られます。
学習者がまだ「どうやっているのか分からない」状態であるのに、無理に欠点を直す意識をさせると、一度はできた動きができなくなってしまうことがあります。
この段階では、学習者がまぐれでできたときの動きの感じを大切にして、あまり細かなところを意識させないようにすることが大切です。
注意すればできる段階
4つめの段階は、「注意すればできる段階」です。
- 逆上がりで「足を振り上げよう!」
- 無回転シュートで、「ボールの中心を狙って蹴ろう」
- オーバーハンドパスで、「膝を柔らかく使おう」
などと、技や動きのポイントを注意していればできる、という段階です。
このとき、「こうやれば“できる”」という確信が得られるコツをつかんでいると言えます。
この段階になってはじめて、欠点を修正したり、いつもと違う状況にも対応できるようにする、など動きをよりよく改善していくことが可能になります。
また、今回は深く触れませんが、コツをつかんだにもかかわらず、「できなくなってしまう」という事態が起こることもあります。
この段階では、学習者に一度に色々と意識させるのではなく、一つずつポイントを絞って意識させ、動きを修正していくことが大切です。
何も考えなくてもできる段階
5つめの段階は、「何も考えなくてもできる段階」です。
皆さんが普段歩くとき、「右足を出そう」「次は左足を出そう」などといちいち考えたりはしないですよね。
このように、この段階に達すると、とくに「こうやって動こう」などと考えなくても、いつも同じような動きをすることができます。
それはロボットのように同じ動きができる、ということではありません。
「いつでも、どこでも、どんな状況にも対応できる動きかた」を身につけている、しかもそれが「無意識でできる」という状態です。
そのため、いつも同じような動きができてしまうのです。
プロの試合やオリンピックなどで、身体が勝手に動いて、神業といわれるような動きができるのは、この段階にいると考えられます。
この域に達したからといって、練習を怠ると、どんどん動きは劣化していきます。
この段階では、学習者に新しい価値意識を芽生えさせ、常によりよい動きを追求していくことが必要になります。
まとめ
今回は「運動を覚えるときの5つの段階」について、紹介しました。
効果的な運動指導を行うためには、「今目の前にいる学習者がどの段階にいるのか?」を考え、そのときに合った指導を行う必要があります。
ここでは、各段階の内容を簡単に紹介しましたが、それぞれの段階ではさらに細かく分けることもできます。それは今後、紹介していきたいと思います。
以上、「運動を覚えるときの5つの段階」について、でした。
この記事の内容は、スポーツ運動学の「形成位相論」の考えかたに基づいています。もし興味があり、本格的に学びたい!という人は『わざの伝承』という本を読んでみてください。